兵庫県警の北側を歩いていた。 片道二車線の車道を挟んだ山側の歩道を、私と同じ進行方向に向かってサラリーマンが歩いている。夏も終わりとは言え、まだまだ強い陽が頭皮を直接照らしていて、時折、手に持ったハンカチで毛根をいたわるように吹き出す汗を拭っていた。 女子のようなハンカチの使い方をするそのサラリーマンから徐々に視野を広角にしたところ、似たような風体のサラリーマンが更に前に3人もいることに気付いた。奇妙にも、それぞれほぼ等間隔の距離を保って歩いている。有機物がみせる無機質な動きは時にときに気味が悪く見える。 途端に私の心はざわざわし始めた。もしかすると、実は全員同じ職場の人間で、日頃からそりが合わず互いに何かを牽制した結果に出来た距離なんじゃないか。出来る限り顔を見合わせないでいられたらと毎日考えているのではないか。そうだ、きっとそうだ。そうに違いない。うん、これは単なる杞憂ではないはずだ。 あ、先頭のサラリーマンが信号に捕まった。 これは困った。折角保っていた牽制的距離感が崩れる。もしも、互いに気に喰わない間柄の4人だったとしてたら、万が一刺し違える事件が起きるのではないか。となると、目撃した私がすべきことは、やっぱり通報。そう、通報だ。スマホはどこ?いや、ちょっと待って。でも、仮にそうなったとしても車道挟んだところに兵庫県警があるから逃亡は難しい。簡単には逃げられない。 色々と一人勝手に気を揉んでいたのだが、既に足を止めて佇む先頭のサラリーマンに続いて、他の3人はアコーディオンの蛇腹が閉じるように横断歩道前で整列し、同じ首の角度を持って赤信号が青に変わるのを見つめていた。その後は言わずもがな、何も起こらなかった。 今日は天気がいい。昨日とは雲泥の差である。光を割くようにニョッキリと延びる県警の建物の壁面に規則正しく貼られた窓ガラスに反射する陽が、いつも以上に眩しかった。 |
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- 随筆(神戸由無し物語)
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